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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

念、じる

月は笑ったことがない
「なんかさ、ちょっとした能力が手に入っちゃった」
 
「え、まさか一夜にして大型バスを運転できるようになったとか?」
 
「いやね、そこまでちょっとしたことではないんだ」
 
「そしたらあれ? 大根のかつら剥きができるようにとか?」
 
「もっと些細になってるよね」
 
「さすがにスプーン曲げできるとかでないでしょう?」
 
「そこまでじゃないよー。超能力じゃん」
 
「じゃあなんなの?」
 
「なんかね、念じるとその人を意のままに操れるようになった」
 
「すげー。スプーン曲げとかはるかに越えてるじゃん」
 
「そう? 例えばおまえに飛び降りろ、とか念じるじゃん」
 
「やめようよ。ここ結構な高さだからさ、イチコロだからさ」
 
「いいじゃない。試しになんだから」
 
「もしかしてさ、その能力一番持っちゃいけない性格してない?」
 
「そうかな。なにか試したいな」
 
「じゃあほら、逆立ちしろみたいなライトなやつ念じてよ」
 
「石の上に三年とかもいいな」
 
「ダメだよ。当分会えなくなるよ? 困るでしょう」
 
「そっか。それも淋しいな。臍で茶を沸かしてもらおうかな」
 
「無理でしょう。パニックに陥っちゃうよ?」
 
「使いどころがないなあ。飛べ! とかもいいな」
 
「それも結果的に落ちちゃうよね。ここ標高十メートルはあるからね」
 
「彼女と別れろ、ならWINWINじゃない?」
 
「誰と誰がWINWINなんだよ。気になるじゃんかよ」
 
「いっけね。ばらしちゃった」
 
「おい。なんだよものすごく傷ついたじゃんかよ」
 
「優柔不断なところが嫌なんだってさ」
 
「もっと早くに教えてよ」
 
「まあでも、二股? 三股か。教えたらショックを受けると思って」
 
「じゃあなぜ今言うんだよ」
 
「彼女のことは忘れろ、これでショックもなくなるよ」
 
「あ、そうか。そうだね。こうなったらそれやってもらおうかな」
 
「では、彼女のことも忘れろ」
 
「も、って言ったよね」
 
「言っちゃった」
 
「なんか何人かの記憶がない。顔が浮かばない」
 
「大丈夫だよ。人間は忘却する生き物だから」
 
「おまえのミスだろう。急に哲学的なことでごまかすなよ」
 
「じゃー、俺のミスを忘れろ」
 
「何の話してたっけ」
 
「あれじゃない? 今度のリストラでお前さんが指名されそうな話」
 
「えーなんだよそれ。なんで教えてくれなかったんだよ」
 
「あいつはコピーも取れないって部長すごい剣幕でさ」
 
「がっかりだよ。会社行けないよ」
 
「じゃああれだ。会社も忘れろ」
 
「おーい。またもをつけちゃったでしょう。なんか自宅の場所とかも分からないよ」
 
「大丈夫だよ。嫌なことは忘れた方がいいんだよ」
 
「で、何の話をしてたっけ」
 
「あれだよ。パラグライダーやりたいとかいう」
 
「そう? 別に興味ないけどなあ」
 
「自由に空飛びたいって、つい数秒前の会話忘れちゃう?」
 
「あ、だよね。うんうん。きっと言った」
 
「よーし、じゃあ空を飛んでみろ」