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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

わたしに未来を見出すということ

毎回大反響を頂いているエセーを、今回もお届けしようと思う。
わたしは人から相談されることが極端に少ない。
先日会社の飲み会で、「どうしたら結婚できますか?」と久しぶりに相談を受けたので、「役所に書類出せばできるよ」と教えてあげたのだ。
このように、的確かつ迅速に教示できるのは、わたしの才能だと感じる。
そういうことじゃないんですがとその子は言うのだが、手続き上の問題以外になんの障壁があるのか、こっちが聞きたいくらいなのだ。
ではなぜ相談されないのだろうか。やはりわたしの醸し出す高貴な雰囲気が、敷居を高くしているのであろうか。
日頃、わたしはあまり笑顔を見せることはない。これは別にゴルゴみたいな殺し屋に狙われているから殺伐としているわけではない。
笑顔を振りまいている人はたしかにキラキラしていて美しいが、単純に何も楽しくないのだから笑わない。
土居先生だってそうじゃないか。美味しくないものに舌鼓は打たない。
というか舌鼓ってなんだ? いまさらだが、もうこの言葉は廃止してもいいじゃないのか。
鼓ってない。鼓感がないのだ。

 
でまあ、わたしは単純に、感情の起伏が少ないのである。
居酒屋さんなどに行くと、よく若い女性が筍とか湯葉とかで「わー」と歓声をあげる。
阿呆かと。なにをそんなにわざとらしく歓声をあげるのだと、わたしは冷ややかに見つめる。
伊勢海老なら許せる。
もちろんこぼれるほどのいくら丼もOKだ。
ウニもだ。
マグロはもちろん、なのに筍と湯葉。安保かと。
もちろん美味しいのはわかる。わかるが、なんだろうか、その微妙な季節感、希少さ、調理法が繊細な感覚、そういう些細なことであがめる感覚。馬鹿かと。
だったらフキノトウを神としろ。
神だ。
ウドなんて閣下だ。
ウドの命令はすべてということになる。
希少さだけがすべてでないというなら、ならばこの鶏のから揚げにも歓声をあげてみろと言いたい。和的でちょっと小粋な食べ物にだけ、喜ぶ風潮があるのだ。
 
ボーリングでハイタッチするノリも分からない。たかだか投げたボールがピンをすべて倒しただけではないか。
そんなことでいちいち「へーい」なんて言ってタッチができるものか。アップルの店員か。
楽天ラッキーくじに当たった。タイムセールで春キャベツが百円で買えた。もこみちがオリーブオイルを使った。毎回ハイタッチしなければならないではないか。
というかハイタッチとはなんなのだ。
考案した人がいるのだろうが、もうね、そんな人は七味唐辛子の蓋が取れて全部出てしまえばよろしい。
そして生ぬるいグラスにビールを注がれてしまえばよい。
スイカの残高ゼロになればいい。
話しかけた猫に逃げられればいい。
 
で、なんの話だったか。
食べ放題で、単価の低いポテトフライは取ってくるなと注意すると、相方にいつも逆切れされる話だったか。
というか、ジャガイモなんて3キロ298円もざらだ。ローストビーフを食べろ。リゾットに騙されるな。アンコウの揚げ物、イカのアーリオオーリオ、海鮮に走れ。
ナン食べ放題のカレー店って絶対的にカレー自体が足りない話だったか。
豆腐のフィルムが手で開けられたためしがないという話だったか。
そうそう、相談されないという話であった。
以前「煙草をやめるにはどうすればいいかな」という相談を受けたことを思い出した。
「買わなければよろしい」と答えた。なんと理にかなった回答であろうか。
これはね、全てに言えることだが、世の中の事象にはすべて因果関係が存在する。
日焼けを防ぎたいのならば陽にあたらなければ良いのだし、お金を貯めたければ使わなければ良いのである。
とてもシンプルな話なのである。
 
話は変わるが、外食で、髪の毛が入っていると憤慨する人々も多い。
たかだか髪の一本ではないか。わたしは取り除いてそのまま食べる。
気が小さいというのもあるが、髪の束が入っているわけではない。
ばっさりとちょんまげ一束ならわたしもうろたえる。
一本くらい良いではないか。
これを気にしていたら温泉なんていくらでも髪が浮いているはずだ。
写真でピースをする風潮も気に入らない。そもそも写真を撮られることが大嫌いである。
いくら美貌を手にしていても、嫌いなものは嫌いなのである。でもって馬鹿のひとつ覚えのようなピースサイン。
わたしは決してポーズをとらず、憤然と直立するのみである。あるいはカメラすら見ない。
ありがたいことに、最近はわたしの写真を撮りたいという人間は皆無である。
自己紹介というのも苦手である。なぜ毎回自己紹介をやるのだ。
趣味は読書です、なんて言うとどうせ無難だなあと思われるに決まっている。
じゃあなにか、趣味はイグアナ収集ですとでも言えば満足なのか。
うなぎの養殖ですとでも言えば許されるのか? それともなんだ。山登りで今度K2に挑みますとでも言えば拍手喝采なのか?
なにやら話が変わりすぎてわけが分からない展開となってしまった。
相談されないというテーマだったのだが、ほとんど話は逸れている。
こう書いてみると、なぜ相談されないのか、少し分かった気もする。