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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

罵倒願望

罵倒したい。
 
これでもかと、けちょんけちょんに言ってやりたいときはないだろうか。
 
痴話喧嘩でも、見知らぬ他人とのトラブル、もしくは仕事の人間関係で、今ここだ、ここで言うしかないというタイミングで、確実に仕留める一撃を喰らわしたい、そんなことはないだろうか。
 
例えばこんなアプローチはどうだろうか。
 

西京味噌で一晩漬けられてしまえ!」
 

まあいいじゃないか。なかなかいい。旨みが増すという弱い部分があるが、とりあえず無力感はある。
 
なんだろう、人間ではないことに例えられた敗北感はある。
 

「あんたの稼ぎなんて三菱自動車と一緒よ!」
 

使いどころは難しい。まああれだ、仕事と偽ってキャバクラ三昧みたいな。それで給料が少なくなっていると誤魔化されている感じか。しかし罵倒というのは、時事ネタに頼ると弱くなる。「カープ鯉焦がれた10連勝」みたいな、とたんにおっさんのスポーツ紙みたいになるのだ。
 

「そのあなたの腐った脳で生み出した幻想が、あなたの万馬券という幻想なのよ」
 

薄暗い感じがよい。なんだろう、茫漠とした闇夜に浮かぶ月のような冷酷さがある。
言っている側の正気を疑いたくなる点でも、評価はできる。
 

「波打ち際に寝転んでその幼稚な脳みそを朝まで洗い清めなさい」
 

ちょっと違ってきた。なんだろう、少し立ち位置が負け気味なのだ。もっと上から、圧倒的創造主の立場からガツンと言ってやりたいではないか。
 

「おまえは、蛍だ。孕んで鮭を持った父さんに恥をかかせ、ドイツから逃げてきた何もできない無力な蛍だ!」
 

個人的には堪える。
 
カボチャを抱えて歩く父さんを思い出すし、セレッソで輝いていた彼をも思い出す。それを全否定されると、とても虚しい。問題は、この文句は30代以上でないと通じないであろうことか。
 

「この便器野郎! 排水詰まった便器野郎!」
 

なかなかいい。ぶち抜けているスピード感はある。だが状況がわからない。経理事務が滞った場合に使うのだろうか。
 

「もはやおまえはチリ産養殖サーモン以下だ!」
 

いまいちだ。チリ産サーモンの養殖現場が成長ホルモンをガシガシ与えてそれはすごい現場だと聞くことは多いのだが、見たことはない。難しいところだ。同じレベルで言えば、
 

「もはやおまえなんて、家政婦すら見ないから」
 

微妙だ。タイムリーの対極の言葉だ。
 
人生の長い人は違う家政婦は見たを思い返してしまうから、逆にホッとしてしまう。見られたらややこしくなると。
 

「もう一生バンボに座ってろ」
 

これきついなあ。
 
どんなミスをするとこう言われるのか、逆にそれが気になる。動くな、とかそういうことだろうか。
ほぼ懲役刑ではないか。
 

「毒リンゴを食べて死にかけた女よりも愚かだよ! キノコで倒れるあんたは!」
 

うん。最近多い話題だ。
キノコってお得感あるから、スーパーではマイタケ株売りなんて五百円くらいするから。だからわかる気もする。
 

「はいはい。あなたの大活躍に50万円天差し上げましょうよ」
 

円天来た。
楽天ポイントでも微妙なのに、円天来ました。
ワタミ50万ポイントも健康被害がすごそうで、いやー、まだまだ日本にも未開の領域はあるようで。
 

「まず顔が汚い。その汚さ、戻り鰹腐った感、そもそもサザエさんの家でサザエ、カツオ、ワカメ、タラ、コスパは決して親を越えないように設定しているサザエが悪党であり、その悪党を越える顔の汚さ、江の島、湘南、上回る汚い顔、その顔から放たれる正論。その正論から」
 

きつい。
そういうの言われると、ちょっと話逸れているのにきつい。
 
なんだろうか。
わたしが思うのは、せっかく言葉があるのだから、きちんと、綺麗な言葉で、しっかりと思いを伝え合えれば人間関係は上手くいくのだろうなという思いだ。
追い込みたい、反撃したい、それはわかるのだ。わかってなお、人はせっかく言葉を使えるのだから、優しくありたい。
それは外国語を話すときに、いつも気をつけていることだ。相手がどう思うだろうか、この思いは伝わるだろうか。
そういうことを、最近わたしは身近な世界で実現したいと、思っているのだ。