卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

その日、揺れていた木々たちは。

 風に大きく木々が揺れていた。
 髪がなびいて、わたしの表面にあるなにか。その日いちにちの鬱屈や山積した憤りや、ささやかな喜びなどを吹き飛ばすように吹いている風だった。
 初夏の風は、特に夕刻の風は、潔くて清々しくて、わたしをリセットしてくる風が多いのだと、その日も思った。

 まだ若かった。
 ちょうど昨日、そんな風を浴びて、若かりし頃の自分と重ねて、おそらく同じような季節の、同じ風を浴びているのに、削がれていく感情はずいぶんと違うものだと、苦笑したのだ。
 二十代になったばかりのあの日、わたしは吹きすさぶ風に、自由を感じた。
 とてつもない自由と、自由の反対にある恐怖、それはつまり、ロープが切れて、もはや停泊することができなくなった舟のような、心細さだった。
 わたしは尖っていた。いや、語弊がなければ、誰しもが尖っていた。
 二十歳なんてそんなものだと思っていた。二十歳が二十歳を達観して見ていた。滑稽なことだ。

 なにができるとか、なにになりたいとか、なにをしたいではないのだった。
 とにかく今の現状、それだけは違うという奇妙な確信だけがあるのだった。それが若さだったのだろうか。答えは特に求めるつもりもない。
 ただそのときの立ち位置に不満を覚え、きっと違う場所があるのだと、幻想を抱いた。その幻想を幻ではない程度まで昇華できたのが、当時のわたしだった。
 可能性という言葉はとても難しい。
 わたしは息子にその言葉をかざして、彼の未来を考える。
「可能性」
 息子が秀才である可能性。サッカーに特筆するほど秀でる可能性。犯罪を犯す可能性。親を、つまりわたしを刺し殺す可能性。
 すべて滑稽である反面、ありうる可能性なのだ。
 たぶん、人はその「可能性」という曖昧なものを、曖昧なままにして、いつの間にか忘れてしまうのだと思う。もちろんわたしもだ。きちんと向き合うには、あまりにも霧がかっていて、あやふやなのだ。

 今日、初夏らしい風が吹いた。
 髪が後ろにごっそりと持っていかれて、少しだけ、わたしの中の穢れだとか迷いだとか、そういう都合の悪いものが流されていく感じがした。それはつまり、少しだけわたしが楽になったのだ。
 そして久しぶりに、若いころを思い返した。
 今まさに、空が紫に変わる今、珍しくリアルタイムでこれを書いている。

 自由なんて言葉は、今では嘘だと、虚偽だと思っている。
 制約がなければ人は生きていけないと、不自由さの上に成り立つのが自由だと、不健康が前提だから健康法があるのだと、矛盾だけがわたしたちのモチベーションになるのだと、わたしは信じていた。
 だがこの空に、美しい空と清涼な風に、幼いころ信じていた、正直な素直な心たちも蘇った。
 死んでしまったインコやカブトムシを庭に埋めてあげれば、きっと彼らの魂は報われるというような、幼い、未熟な、発想。それはもしかして、取り返しのつかないほど尊いものだったのではないかと、思ったのだ。
 それをどうやって息子に伝えようかと、考えるほどに動揺してしまうほど、美しい夕空なのだ。