卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

壁男

 
近所の公園に、その壁は造られた。
 
誰も気がつかないうちに、皆が駅前に新しくオープンしたショッピングモールに気を取られている間に、壁はできていた。
 
わたしは毎朝その公園を訪れる。
 
昨年から飼い始めたポメラニアンの散歩コースに、その公園が入っているのだ。
 
ポメラニアンは特有の甲高い声で鳴いた。
 
鳴いた先には、壁があった。
 
高さは二メートル、幅は四メートルくらいの壁、というよりはついたてのようなものだ。
 
中央付近に、男が埋まっている。壁から頭と右腕だけを出して、残りは壁の中にある。
 
壁に埋め込まれているというよりは、壁から出ようとしているように見える。
 
わたしは犬に引きずられるようにして、壁へと移動せざるをえなかった。気味の悪いオブジェだ。前衛芸術かなにかだろうか。
 
犬は男に向かって吠えている。キャンキャンという高音が、公園を囲む家々の壁に反響する。
 
近づいて見ると、男はとても精巧にできている。レンガ造りの壁を横から見てみると、男の下半身は壁の反対側から出ていた。
 
「可愛い犬ですね」
 
唐突に男の口が開いたものだから、わたしは小さく悲鳴を上げてしまった。
 
「驚かせてごめんなさい」
 
丁寧な物腰で言われるが、まだわたしの鼓動は収まらない。
 
「いえ」とだけ返すのがやっとだった。
 
「わたしは彫刻家です。駅前に赤子を抱く母親の像があるでしょう? あれを造ったのがわたしです」
 
男は柔らかな表情でそう言った。
 
ポメラニアンは鳴きやんで、尻尾を振っている。警戒すべき相手ではないと、判断したようだ。
 
「そうだったのですか。駅前の石像、とても優しい雰囲気で好きです」
 
わたしも少しだけ警戒心を解いて、そう返すことができた。
 
「ありがとうございます。これはわたしの最後の作品です。たまに見に来てください」
 
男はそう言った。わたしは挨拶もそこそこに、公園を後にした。
 
噂はすぐに広まった。公園に壁男がいる。必ず「壁男?」と反応してしまう噂だ。
 
そして見に行ってきたものはその意味を理解し、今度はカメラを手にして公園に向かう。
 
わたしは散歩のコースを変えようと試みたが、子犬の執拗なこだわりで、どうしても公園に行かなければならなかった。
 
「おはようございます」と壁男は滑らかな口調で挨拶をしてくれる。
 
わたしも挨拶を返してから、毎日同じことを考える。
 
最後の作品ということは、ずっとここで壁となって生きていくのだろうか。そんな疑問だ。
 
「あなたには」男が急に続けたので、わたしは歩みを止めた。
 
「あなたには壁はありますか?」
 
「壁?」
 
「人生において、壁にぶち当たると言うでしょう?」
 
男は急に、教師のような、牧師のような、荘厳な口調でそう言う。なんだか引き込まれそうな声色であった。
 
「ええと、あったような気もします。幾度も。これからもあると思います」
 
学生時代の部活でどうしても突破できなかった地方予選や、何社受けても採用されない就職活動を思い起こした。
 
「人はね」男は話を進める。犬は鳴かない。「壁を越えられるか、越えられないか、人はそう判断をします」
 
「そうですね」
 
「ですが壁を壁だと思わない、そういう生き方もあるのではないでしょうか」
 
そこで男は黙った。
 
わたしは続きを待った。だから壁を抜ける作品を造ったのです。そんな続きを待った。
 
壁男はそれきりなにも語らなかった。
 
退屈した犬に引かれ、わたしは公園を後にしたのだった。