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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

サポーター

追憶の展覧会
穏やかに進んでいた夕食が突然怒号へと変わったのは、このひと言だった。
 
「モンターニュ世田谷です」
 
婚約者の石川さんは素直にそう打ち明けた。
 
結婚ともなれば隠し通すのは難しい。興信所で調べればすぐに分かってしまうことだから。
 
そしてこの言葉が父の逆鱗に触れたのだ。
 
「モンターニュ? なんだと? ガラクシア新宿ではないと?」
 
怒りのあまり顔を真っ赤にさせて、父は箸を叩きつけた。母が必死になだめるが、こうなってはもう手遅れだ。
 
石川さんは困ったように頷き、「祖父の代からでして」と言い訳をするように言った。
 
「結婚なんぞ断固許さん。すぐに出て行け」
 
真っ直ぐに腕を伸ばし、父は宣告するように言った。退場処分を命じる審判によく似ていた。
 
わたしはサッカーというスポーツが大嫌いだ。
 
男たちは何よりもサッカーを優先させる。生き甲斐だとなんの臆面もなく言ってのける。
 
週末はスタジアムに出かけるのが当たり前で、勝っては興奮して賛辞を並べ、負ければ自棄酒で愚痴を聞かされる。
 
まあそこまでは可愛いものだと、思っている。
 
問題はチームに対する異常な愛情だ。
 
わたし自身も小さい頃から教育を受けた。新宿区に住んでいるのだからガラクシア新宿を応援しなさい。
 
何度も両親に言われたものだ。
 
学校でもガラクシアの歴史を学び、試合の分析をする授業まであった。
 
他のチームのサポーターである子とは友達にもなれなかった。話している姿を見られればつまはじきにされてしまう。
 
父も母も自慢げに「わたしたちはガラクシア限定のお見合いで知り合ったのよ」と言う。
 
ただ応援するチームが違うというだけで、全人格を否定するような風潮が嫌いだった。
 
就職も新宿区内にあるデザイン会社にした。
 
渋谷区でも豊島区でも面接で落とされてしまった。当然「あなたのチームは?」という質問で落とされてしまうのだ。
 
サッカーはホームアンドアウェー方式といって、自分たちの街での試合と相手の街へ乗り込んで行う試合がある。
 
石川さんに出会ったのは、彼らモンターニュ世田谷が新宿での試合を観戦しに来たときだった。
 
アウェーサポーターと接触する機会はほとんどない。
 
彼らは貸切のバスに乗ってきて、その車体には「アウェーサポーター乗車中」の文字がよく見えるように書かれている。
 
この場合、サッカー協定により一切の危害を加えてはならないとされている。
 
わたしのよく行くタイ料理屋に、石川さんはふらりとやってきた。
 
彼はひとりで、カウンターに案内された。ちょうどわたしの隣だった。
 
頼んだ料理が辛すぎるのかほとんど箸が進まず、「タイの人ってこんなに辛いものを食べるんですか?」と急にわたしに話しかけてきたのだった。
 
「あの、わたしはタイ人ではないです」などと意味不明な返答をしてしまったのだった。
 
区外の人と仕事以外で接するのはなかなかない機会だった。
 
さすがに幼少時代のようにあからさまに避けることはなくなったが、それでも区外の人とは交流しないようにと、自然と意識が働いた。
 
「僕は応援するチームが違うからといって、そんなことで人間を判断したくないんですよ」
 
石川さんはそんなことを言った。言われてみると、長年抱いていたしこりのような疑問が氷解した。
 
その通りなのだった。誰も言わないけれど、誰もが思っているはずのこと。それを石川さんは簡単に言ってのけた。
 
わたしたちは色々なところに出かけた。スタジアム以外ならどこへでも出かけた。
 
そして今日、両親に紹介するまですべては順調だったのだ。
 
石川さんは受話器越しで明らかに落ち込んでいるのが分かった。
 
「ごめんなさい。父があんなこと言って」
 
「いやいや、仕方ないよ。普通の反応だと思う」
 
「わたし」こうなることを予期していたわたしは、言った。「やめようかな」
 
「僕もやめようかと思ってる」
 
まさか同じことを考えていたとは。わたしは先ほどまでの重苦しい空気を忘れて、笑顔を作ることができた。
 
そして同時に言ったのだ。
 
やめることにした。
 
「結婚を」
 
「サポーターを」