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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

あの人の見ていた海。わたしの見た海。

 潮干狩りに行ってきた。
 何十年ぶりだろうか、もはやこの世界に潮干狩りという行動があることすら忘れていた。
 貝を掘って、お金を払って砂だらけになって遠方まで行って帰ってくる? まったく理解できなかった。
 スーパーで安価にアサリなんて手に入るし、潮干狩りになんの意味があるのか、そんなふうに考えていた。
 子ども会の行事で、半ば子どものためと割り切って参加したのだ。
 空は冗談のように青く、途中立ち寄った海ほたるは初めて訪れた場所で、全方位を海に囲まれた展望台は美しかった。
 東京や横浜が見えて、雑多な欲望ばかりのこもった街並みを想像するのだが、そこから見る都心はどこまでも美しかった。
 日本にはこんなに素敵な海があって、その海に囲まれているのだと、なにを心配する必要があるのかと、そんなことまで思った。
 子どものころに潮干狩りに連れて行ってもらったことを思い出した。
 母は骨肉腫を患ってからというもの、正常に歩くことはできず、もちろん走ったり泳いだりはできなかった。
 だから海という場所は怖いと言っていた。
 海に行っても、母は砂浜の奥で、傘を差して座っていた。何時間でも、わたしたち子どもたちが飽きるまで、父が疲れるまで、じっと灼熱の砂浜で笑っていた。
 とても淋しそうに、けれども愛おしそうに笑っていたことを思い出す。
 思い出したというよりは、理解したのだ。
 なぜ母があんなふうに笑っていたのか、子どもたちの歓喜する笑顔を見たいがために、辛い夏の陽ざしの下で、笑っていたのだ。
 わたしが子を持つようになって、ようやくその心境が、少しだけわかった気がした。
 子どもは走り回って、泥だらけになって、寝転んだり思い出したように貝を掘ったり、いつまでも潮干狩りを楽しんでいた。
 わたしは腰が痛くなって、立ちつくしたまま遠くの海を見ていた。
 鈍色に光る部分と、白く弾ける部分と、黒く謎がありそうな部分と、海は実に色々な色彩に満ちていた。
 わたしの心の中も、様々な色彩が、感情が交錯している。
 同じ安寧だと思っているものの中にも、色々な「安寧」があるのだし、「不安」や「怒り」もそうだ。感情は決してひとつのシンプルなものではないのだと、海を見ていて気がついた。
 転がっている息子の笑顔を、写真を撮るように網膜に焼き付けた。
 わたしが今日ここに来たことには意義があると、スーパーで簡単にアサリを買うだけでは完結しない、到底手にすることのできないことがあることを知った。
 長い年月を経て、わたしが幼いころに海に連れて行ってくれた親の想いを、知ったのだ。

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 ただアサリはこんなに自由奔放なのかと、調理前に驚いた。
 ほとんどナメクジじゃないかと、衝撃映像だった。これを見たらアサリが食べられなく人もいるのではないかと思うほどの光景だった。
 熱湯に放り込んで、ボンゴレビアンコにして、生きたまま調理したアサリだが、とても美味しかった。
 完全菜食主義をやめて、貝も食べるようになったが、やはり新鮮な生命を食べると美味しすぎるのだ。
 アサリの酒蒸し。味噌汁。ボンゴレ。どれも塩分が少々強かったが、身がぷりぷりしていて、心から感動した。
 そして息子は、僕が採った貝さんが美味しいと、それは素敵な笑顔を見せてくれたのだ。
 たぶんわたしは、そういうことのために生きているのだ。