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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

猫の教室

猫の教室

 

「じゃあ新しいお友達を紹介します」

 ころころ太った猫山田先生が、虎鉄に柔らかく腕をさしのべました。

 虎鉄、なんて名前だけど、実はとっても恥ずかしがり屋で、どちらかといえば臆病な犬なのです。

 恐る恐る顔を上げてみると、きれいな毛並みをした猫たちが、興味しんしんの様子で虎鉄を見ています。

「あの、あの………。こてつといいます。みんな仲良くしてください」

 お腹から声をふりしぼったつもりでしたが、消え入るような小さな小さな挨拶になってしまいました。

「せんせーい。犬なのに大丈夫なんですかー? この学校にきて」

 いちばん後ろの席から、ほかの猫たちよりもひとまわり大きなトラ猫が言いました。

「いい? みんな。猫だからとか犬だからとか、そういう目で見てはだめよ? そういうことは関係ないのよ。仲良くしていいお友達になってね」

 猫山田先生がすかさず助けてくれます。でも、虎鉄はよりいっそう体を小さくして、今にもふるえだしてしまいそうでした。

 

 はじめのうちは、たったひとりだけ犬がいることにみんな興味があるのか、たくさん話しかけてくれました。

 掃除当番では、板張りの床でつるつるすべってしまって、みんなは笑うのでした。犬は自由にツメを引っ込められないので、猫たちのようには走れません。

 木登りの授業でも、虎鉄はただ木を見上げるだけでした。木の高さがこわくて、なんとか木の幹に前足をかけるのですが、どうにも体が動きません。

 またまたみんなは笑うのでした。

 高飛びの授業でも、やはり虎鉄には無理でした。猫たちは軽々と飛び越えていく塀も、虎鉄にとってはとんでもなく高い壁なのです。

「おい。おまえはなんにもできないじゃないか」

 トラ猫のトラ次郎が怖い顔で話しかけてきます。どうやらトラ次郎は、このクラスでリーダーのようでした。みんな彼には逆らえません。

 虎鉄はしょんぼりしてしまって、ただ下を向いているのでした。

「情けないやつだな。そんなんじゃあおれたちの仲間には入れられない」

 トラ次郎はそう言って、軽く虎鉄のおでこを引っかきました。おもわず泣きそうになってしまいました。

 あまり痛くはなかったけれど、結局仲間にいれてもらえないことがなによりも悲しかったのです。

 

「どう? 学校にはなれたかな?」

 家に帰ると、お母さんが優しく笑いかけてくれます。

 今日は虎鉄の大好物、シチューの日でした。でも大好きなシチューなのに、ちっとも喉を通りません。

「どうしたんだ? お腹空いてないのか?」

 お父さんも心配そうです。

「ううん。ちょっと疲れちゃったの」

 虎鉄は、心配してくれるお母さんとお父さんにだけは、涙を見せたくはありませんでした。

 ちょっと前までいた犬の学校のことを思い出しました。たくさんの友達に囲まれて、校庭を走り回っていたことがなつかしくてたまりません。

 急にお父さんが転勤になって、本当なら犬の学校に転校するはずでしたが、どこも生徒がいっぱいで入れなかったのです。虎鉄は、猫の学校でもみんなと仲良くできるはずだと信じていました。

 でも、まるで自分とは違う猫たちと仲良くするのは、なかなか難しいことなのだと思いました。

 

 給食は毎日お魚でした。月に一度だけ、とれたてのマグロやカツオやイワシが出てくるのですが、虎鉄はちっとも嬉しくありません。あまりお魚が好きでない虎鉄は、どうしても残してしまいます。先生は困ったように笑いながら、それでも他の生徒の手前、「残してはいけませんよ」と叱るのでした。

 僕は声と体ばかり大きいくせに、なんにもできない落ちこぼれなんだな。虎鉄は自分が犬に生れてきたことが情けなくてたまりません。

 でもどれほどつらくても、家に帰ってお父さんとお母さんの顔を見ると安心できました。お母さんにくっついて眠っているときが、虎鉄の一番の安らぎでした。

「もうすぐ遠足ね」

 お母さんが優しい笑顔で話しかけます。

「うん。山に登るんだよ」

「じゃあお守りをあげるからね。ケガしちゃだめよ」

 お母さんはそう言って、小さくて綺麗な赤い石をにぎらせてくれました。

 遠足はとても楽しみでした。お父さんの仕事が忙しくて、なかなか山登りに連れて行ってもらえないからです。でも猫たちと一緒に行くことを考えると、心配でしかたありません。

 

 遠足は低い山に昇りました。猟犬の血が流れる虎鉄は、こういうハイキングは得意です。

 今日はお母さんの作ってくれたお弁当も持ってます。虎鉄の大好きなササミのお肉です。一緒に歩いてくれる友達はいないけど、虎鉄はとても楽しく歩きました。

 草原でお弁当を食べました。他の猫たちはグループを作ってニャアニャアにぎやかに食べています。虎鉄は端の方で、ひとりで食べました。お父さんとお母さんと一緒に行った公園を思い出して、食べました。

 まだ小さかった虎鉄は、お父さんがお肉を小さくしてくれて、食べたのでした。そのころの楽しいひとときを思い出すと、急に泣きたくなってしまうのでした。

 

 帰り道の途中に、綺麗な川が流れていました。クラスの子たちは木に登ったりすばやく走って、はしゃいでいました。

 そんなときです。シャム猫のミシャが川に落ちてしまいました。頭はやっとのことで水面に出ていましたが、今にも沈んでしまいそうです。

「たいへんだ! おまえら手を貸せ!」

 すぐにトラ次郎が叫びました。でも猫たちは震え出してしまって、だれも川に飛び込むことはできません。

 ぐんぐんミシャは流されていきます。みゃあみゃあと悲しそうに泣いています。

 トラ次郎はだれもついてこないとみると、自分から川に飛び込みました。

「あ!」

 おもわず虎鉄は声を出しました。トラ次郎だって泳げないのに………。

 勇んで助けに向かったトラ次郎でしたが、すぐに苦しそうな顔になって、おぼれてしまいました。

「ぐるるるー」虎鉄は足元の砂をかきました。「わん!」のひとこえで、おもいきり川へと飛びました。

 猫ばかりのクラスでは、泳げるのは虎鉄だけでした。虎鉄は今までいじめられたことなんて忘れて、必死に泳ぎ、トラ次郎とミシャを両脇に抱えて、助け出しました。

 たくさん泳いだので、水からあがった虎鉄は舌を長く出して、ハアハアいいました。クラスの猫たちは、みんな涙を流していて、虎鉄に抱きついてきました。中には虎鉄の体をなめて、乾かしてくれる猫もいました。

 

 それからの虎鉄は、あいかわらず壁にも昇れないし、上手に雑巾かけもできませんでしたが、いつでも友達に囲まれて過ごすことができました。

 中でもトラ次郎はとても優しくしてくれて、嫌いな魚は食べてくれるし、放課後には木登りのやり方を毎日教えてくれました。

 この学校に入ってよかったな、そう思うことができました。