卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

なぜ勉強をするのでしょうか

今週のお題ゴールデンウィーク2016」

 

 なぜ勉強するのかと、子どもに聞かれた。
 小学生になり、勉強はとても楽しいらしく、それはもちろん、勉強とは名ばかりの、楽しい学習をしているからなのかもしれない。
 しかしずいぶん早く、「なんで勉強するの?」という質問が来た。
 いつかは答えなければいけないとは思っていたのだが、予想よりも五六年、早かった。
 だから即答はできなかった。
 わたしの人生は決して誇れるものでなく、今の自分にも自信はない。だが子育てをするということは、そんな自分を越えた存在を創りあげ、その存在に言葉を発せさせるしかないのだ。
 今日、わたしは正直に答えた。
 なぜ勉強をするのか。小細工は抜きに、正直に答えた。
 セールで7割引きとあった場合と、6割引きからさらに2割引きという場合、どちらが得なのか。
 拝啓で始めた文章はどうやって結ぶべきなのか。
 街で外国人に道を聞かれたら、あるいは自分が外国で道を聞きたい場合にどうすればいいのか。
 なぜ日本は中国を牽制しているのか、タイやシンガポールの人々、台湾の人々はなぜわたしたちに好意的なのか。その反面韓国人はなぜこれほど険悪な対応をしてくるのか。
 そもそもアメリカとはなんなのか。
 わたしは息子に、どこまで伝わるかわからなかったが、勉強をしなければならない理由は教えられなかった。
 かわりに、勉強をすればどれほど得をするのか、それだけを伝えた。
 騙されないこと。
 極端だが、勉強をする、知識を得るということは、わたしにとってはそういうことだ。
 わたしは人を欺かない。少なくとも、欺くような存在ではありたくない。
 もちろん知らず知らずに人を踏みにじっていることはあるかもしれない。しかし基本的には誰をもを尊重したい。
 しかし現実には心の隙間を突いて、騙してくる人間や、組織がいる。
 例えば天気予報は統計学によって成り立っている。人の行動の有意性も統計学に沿っている部分がある。
 なんで算数なんて? という質問には、簡単に答えることができる。
 お釣りの計算もそうだし、確率という大切な考え方も会得できる。場合によってはアクアリウムの魚の生存率も導けるし、眠れない夜には遠い宇宙の、生命体のいる惑星がある可能性にも思いを馳せられる。
 
 自分の可能性が広がる。息子にはわからなかったらしいが、説明しているわたしがわかった。 
 勉強はさして重要ではない。
 できなくたっていい。けれど可能性を広げる入口をつくってくれる。
 訴訟を起こされた場合に、そこに過失がどれほどあるのか、あるいは頑固な汚れはどんな洗剤で落ちるのか、効果的なダイエット法や運動、はたまた手紙をきちんと手書きで書く場合の、漢字。
 知識は得れば得るほど、人生を豊かにしてくれる。
 そして愛する家族を守るための防護柵も与えてくれる。
 だから勉強をするのだと、例えば大人になって、なぜ消費税が増税されるのか。
 なぜ原発があるところばかりに地震が起こるのか。本当に自然災害なのか?
 宗教は本当に政治と分離しているのか? 特定の宗派の人間が著しく出世していないか?
 どうして核開発は止まらないのか。
 氷が解けても水より体積が少ないはずなのに、温暖化を防げと叫ぶ人々の本当の理由はなんなのか。
 車だけはいかなる規制を受けないのはなぜなのか。
 あらゆる物事に、疑問を抱けないのはもしかしたら知識がないだけかもしれない。
 もちろん誤った知識を享受しているだけかもしれない。 
 地球は緩やかに氷河期を迎えることになるなんて、誰も証明できない。テロリズムが国家の思惑で起こされているなどという考え方は狂気の沙汰かもしれない。
 だからだ。
 だから、きちんと勉強するのだ。
 わたしたちはきとんと、正確な情報をえるために、小学生だろうが大学生だろうが社会人だろうが、勉強しなければならない。
 そう息子に伝えた。
 6歳の息子に言うべきことではなかった。
 そしてわたしも、もうずいぶんと勉強をしていない。
 知識を馬鹿にして、その日だけ楽しければいいのだと、そんな日々を送っている愚かな人間で、だから余計に、子どもに対する意見に、大きく悩んだのだ。