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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

戦争のない世界。

世界から戦争が根絶された。

かつては誰もが願っていて、しかし決してなくならないはずの戦争が完全になくなったのだった。

もう尊い命が戦火で犠牲になることは永久にない。

僕は早朝からグラウンドを走っている。隣のグランドにいる息子に手を振る。

軽いランニングを終えると、パス練習を行う。

「あれ、今日は三橋さんいないけど」とインサイドキックでパスを出しながら僕は聞く。

「おいおい。三橋さんはこの前の練習試合でやっちゃったじゃん」とチップキックで返しながら山根くんが言う。

「ああ。そっか」僕は嫌なことを聞いてしまったと悔やむ。

「仕方ないよ。ボランチへのコンバートを望んだのは彼だもん。それであの出来じゃあねえ」

「まさかわざとじゃないよね」

「それは無理でしょう。監査委員がひとりひとりチェックしてるもの」

僕らが所属するサッカーチームでは、練習試合でのプレーがダメであればすぐに首を切られる。

提携している企業が数十社あり、どこかへと就職を斡旋される。

だから三橋さんを含めたサッカーの才能に恵まれなかった人々にもまだ救いがある。

問題は僕らだ。サッカーセンスのある人間たち。

試合で出場した時間にもよるが、年収は会社員の2百倍はもらっている。破格ではある。

遠くでボールを追う息子を見る。彼にはサッカーの才能がないことを祈っている。

堅実に、普通のサラリーマンとして慎ましく暮らせばよい。

この国では、いや、どの国でもサッカーは必ず行わなければいけない。次々に脱落していき、残ったものだけがトップチームとして活動する。

監督が全員を集めた。

「政府からの通達で、次の試合は二ヵ月後に決まった」

「相手は?」

「ロシアだ」

どよめきが広がる。なかなかの難敵だ。先日の中国戦は圧勝したものの、ロシアはランキング上位の強豪である。

ロシアの建造した二十五万人収容のアウェー戦を想像すると、足が震えた。

もちろんこちらのホームでは三十万人収容の世界最大級のスタジアムで対抗できる。

「もちろんわかっていると思うが」監督は続ける。「今回の戦いは領土問題だ」

かねてからロシアと争っている領土問題をかけての一戦となる。

高々と国旗が掲げられ、総理大臣をはじめとした政府、経済界の要人がずらりと並び、男たちが雄叫びをあげる、恐ろしいまでに殺気に満ちたスタジアム。順当にいけば今回も僕はスタメン出場となるだろう。

左のウイングとして、ロシアディフェンダーを切り裂いていかなければならない。
スタミナには自信がある。何度でも敵陣に切り込む覚悟だ。

国家間の紛争をサッカーの勝敗で解決する。そう国際協定できまってから、サッカーこそが戦争となった。

サッカー代表チームは英雄扱いである。だからすべての子どもたちはサッカー選手に憧れる。

僕らには使い切れないほどの大金と広大な住宅と、守秘義務が課せられる。

本番の試合で敗北した場合、調査委員会の評定により、評価点数の低い多くの選手が首を切られることになる。

これは文字通りの首切りだ。つまり処刑される。

試合に敗れた場合の処刑については、この国の子どもたちはもちろん知らない。

息子の成長ていく姿を、僕はいつまで見守ってやれるのだろうか。

無邪気にボールを蹴る、まるで玩具のような動きをする息子が笑っている。その上には青い空があって、なぜだろう、僕にはその空が妙に白々しいものに感じるのだ。