読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

雨の国

雨の国 雨がやまない。 三月に入って、最初の一週間くらいはニュース番組も悠長なものだった。 「これだけ振り続けるのは観測以来過去最高となります」 どこか嬉しそうに予報士は言ったものだ。 「どうか沿岸部の方、山沿いにお住まいの方は水難事故や土砂崩れにご注意ください」 これも嬉しそうに言った。まるで起きたらそれはそれで映像的に楽しいのに。そういう顔だった。 二週間目になると、さすがに気象庁から科学的なデータの発表が相次いだ。しかしこれといって雨の原因は特定できなかった。 とにかく前代未聞の雨雲が、日本列島をすっぽりと包み込んで動かないのだそうだ。 三週目に入ると、一部の大都市で非常事態宣言が出された。 地下鉄は浸水し、幹線道路も水没する場所は多発してきた。 排水処理は完全に間に合わず、海抜の低い住宅地では広域にわたって避難命令が出された。 雨がやまない。 わたしは比較的高台のマンションに住んでいるため、日常生活でそれほど困難な状況に陥っているわkではない。 四月に入るころから、雨の様子が変わってきた。 雨粒が黒いのだった。 これについて、報道機関では大気中に偏西風によって流れてきた砂や塵が混じっている、という説明が連日なされた。 少し考えればおかしな話だった。 窓を伝う雨粒は、薄い墨汁のように滴る。幾筋もの黒い線は、あまり心休まる光景ではなかった。 ネットなどで流れ始めた情報では、どうやらこの雨には化学物質、それも毒性のある物質が混入している、という噂が立ち始めた。 政府からも黒い雨の時にはなるべく外出を控えるように、という発表が出ていた。 黒い物質は粉塵等の粒子が混入しているものと思われるが、念のためできるだけ浴びないように。 そんな説明だと、余計に人々の不安はあおられるのだった。 この頃マンションの住人とよく話すようになった。 以前はすれ違って挨拶を交わす程度だったが、めっきりと外出が減ったせいもあるだろうか、挨拶以上の会話を交わす。 それは食料や水の話であったり、足りないならお裾分けしましょうか、という心優しい申し出であったりした。もちろん、挨拶の代わりに、雨やまないですねえ、が会話の最初についた。 五月に入るとスーパーから野菜が消え始めた。 日照不足どころか、雨ばかりのために、もやしやキノコといった室内栽培のものはともかく、露地栽培の野菜は軒並み消えた。 トマトやニンジンや一部ハウス栽培している野菜もあるのだろうが、とうに買い占められていた。 毎日のように車で近所のスーパーに行くのだが、この頃は数店舗はしごして商品を探す日々だ。 先を見据えると、米や小麦や、国産の作物は壊滅的な状況に陥ることは明白だった。 人々のストレスも高まりつつあった。 もう初夏であるはずの季節になっても、雨はやまなかった。 わたしの周辺の人々も、この雨は化学兵器なのではないかと信じる人が多数であった。 直接的な破壊兵器ではなく、やまない雨を降らせる兵器に日本は見舞われたのではないか。 この説は加速度的に人々の心を捉えていった。 矛先は冬国人に向いた。 この手法は彼ららしいやり方だ。冬国人は雨を降らす兵器を開発し、日本中のインフラを破壊し、一次産業を死滅させる。完全に麻痺したところへ、今度は化学物質を雨に混入させる。 この黒い雨は毒物なのである。ほとんど確信に近いものとなった。 しかし国の発表では、未だにあやふやな説明に終始していた。 人体には影響がない。体内に入り込まないから安全である。そもそも摂取しても問題はない。 異例の雨であり、原因は不明。気圧が異常な状況にあるため、現在も調査中。黒い雨についても引き続き調査しているが、現在のところ有害物質は検出されておらす、黄砂や大気圏を越えてきたゴミや、粉塵の混入と分析している。 これから本格的な夏が来る。 冬になればきっと雪に変わるのだろう。 今でも日本中の河川が氾濫し、都市部も冠水し、交通網は断絶。流通は途絶えたに等しい状況である。壊滅的な街が、死にゆく街が続出している。 これが雪に変わった場合、どうなってしまうのだろうか。 人々は制裁措置を望んでいる。 中には反撃を試みるべきという過激な発言も聞こえるようになってきた。 冬国人たちの高らかな笑い声が聞こえてくるようだった。 わたしは膨らんだお腹をさすりながら、この子のためにも早く雨がやめばいいのにと願う。 小さな命のためにも。わたしが生きる最後の目的であるこの子のためにも。 今日も雨はやまない。