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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

犬の町

追憶の展覧会

わたしたちの町は、少しだけ賑やかだけれど、平和な場所でした。

お母さんに手を引かれて、ちょうど去年の今頃に引っ越してきたのです。

ビーグル犬は珍しいらしく、町の犬たちは興味深そうにわたしたちを見ていました。

町会長の犬渡さんというボクサー犬が、わたしの頭を撫でてくれました。

それを合図に、マルチーズやダックスや、コーギーたちもほっとした表情を浮かべて、歓迎してくれているように感じられました。

強面な犬渡さんでしたが、その後もことあるごとにわたしたち二人家族の世話をしてくれるのでした。

例えば台風の前日には、白い小さなお家の窓に、木の板を打ち付けてくれました。

犬渡さんは料理も上手で、わたしの大好物であるシーチキンのたっぷり入ったピラフを持ってきてくれました。

お隣に住んでいる犬島さんはセントバーナードの老犬で、弱々しく散歩をしている姿をよく見かけました。

わたしがぺこりと頭を下げると、犬島さんは舌を出したまま、ワン、と鳴いてくれるのでした。

母は犬島さんをとても心配していて、毎日様子を見に行っていました。

肉じゃがやかぼちゃの煮物などを持っていって、しばらく話し相手になってあげているようでした。

住んでみてすぐに気がついたのは、この町の犬たちはとても優しい犬ばかりだということでした。

お母さんの身体も調子がよさそうで、わたしはなによりもそのことが嬉しかったのです。

前に住んでいた都会は、空気が悪かったからなのか、お母さんは度々寝込んでいました。

ハアハアと舌を出して苦しそうに、食事もろくに食べられずに苦しむ姿はとても不安でした。

お母さんとはよく犬六園という庭園に遊びに行きました。

おにぎりとウインナーと卵焼き、それから鶏のから揚げをお弁当に詰めてくれて、それを一緒に小高い丘の上で食べたのでした。

丘からは町がよく見えました。

公園を通りかかった、犬のおまわりさんが自転車に乗って手を振ってくれたりもしました。

丘の上から、お母さんと一緒に大きく手を振り返しました。

赤ちゃんじゃないんだからね。そう注意されるのは分っているけれど、わたしはお母さんにぎゅっと抱きついて、暖かい体温を感じるのでした。

そんな幸せはいつまでも続くのだと、そう思っていました。

お母さんが倒れたのは、犬祭りが終わる、つまり夏が終わった頃でした。

獣医の犬目先生が駆けつけてくれて、あまりにも慌てていたからフローリングの上でしゃかしゃかと滑っていました。

それを見たら、急に涙が出ました。笑うはずの場面で、なぜ涙がでたのか。

今では当時の気持ちが分ります。わたしは、きっとわたしはこの時点で、もはやお母さんは助からないのだと悟ってしまったのです。

犬目先生は聴診器をあてて、脈を測ったり喉を観たり、それからお腹のあちこちを押したりしました。

たまねぎを食べなかったかと聞かれましたが、わたしはぽろぽろと落ちる涙を止めるのに必死で、ただ首を振っただけでした。

町会長の犬渡さんも走ってきてくれました。それからお隣の犬島さんもきてくれて、わたしを抱きしめてくれました。

大きな犬島さんはもうおばあちゃんですが、夜通しわたしの頭を撫でてくれたのでした。

お母さんが亡くなって、わたしは犬六園にひとりで来るようになりました。

お弁当もきちんと作って、丘の上から町を見渡すのです。

ニンゲンという場所に引っ越すという話が持ち上がったのですが、犬渡さんが今まで見たこともないくらい怖い顔で、反対をしてくれました。

ニンゲンがどういう場所か知らないけれど、少なくともお母さんの面影の無い場所は嫌だな、そう思っていました。

犬のおまわりさんは、今日も自転車から手を振ってくれます。

わたしは出来るだけ元気良く、大きく手を振り返します。

そして形のいびつなおにぎりを食べます。

お腹がいっぱいになると眠くなってしまって、お母さんに抱きつこうとします。

ほらほら赤ちゃんじゃないんだから。

そう言ってくれるお母さんは、もう隣にはいないのです。

今週のお題「犬派? 猫派?」