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卵を焼くために、わたしは生きているのだ

今より先に、失望も絶望もない。

春がすぐそこにやってきた

「春だよね」

「春だねー。お花見いいよねえ」

「咲いてきたね」

「爆竹ドンパチで桜餅に芋焼酎どぶろくで街練り歩くカーニバルみたいな」

「変わったお花見だよね」

「うちの地元だけ?」

「かなあ」

「パン食べまくりもないわけ? 白いお皿の」

「春のパン祭りかー」

「山崎さんちの」

「業者かー」

「祭りといえば今日はひな祭りだし」

ハマグリ食べた?」

「うーん。国産は高くてさ。ムールかホンビノスでごまかすかって」

ムール貝は特徴あり過ぎてばれるでしょう」

「かなあ。そしたら牡蠣なら高級だし」

「ごっつごつだよね」

「春っていえばイースターわっくわくだよね」

「なじみないなあ」

「卵転がして卵に色塗って卵を食べて。もう樹! ポムの樹

「卵ばっかじゃない」

「だからポム」

「ポムはどうでもいい」

「それよりもエイプリルフールやばくね?」

「やばくない」

「今年はどうしよっかなあ」

「本気で考えているんだ?」

「去年はさ、資金洗浄に失敗しちゃったんだ。お母さん頼むよ俺だよ俺」

「詐欺やっちゃった?」

「電話一本で300万だぜ?」

「肉親を貶めるなって」

「今年はあれかな、お母さん大変なんだ、ブレーキとアクセルを間違って幸福の科学に突っ込んで」

「突っ込み先が問題だ。いやほら、また詐欺だ」

「突っ込んだ先も詐欺で」

「やめろ」

「だからATMから400万をお母さん助けて生き血を吸われる」

「いろいろなところで間違ってる。うん。全部やばい」

「パン祭りどころじゃない?」

「山崎どうでもいい」

「とにかくお母さんから400万」

「なんか新しい相続税対策の手法なの?」

「祭りといえば、ハルキストの祭りだったね」

「なんだよそれ」

「知らないのかよー。ハルキスト」

村上春樹?」

「春の村上本祭り」

「そっか」

「白い皿がもらえるかもしれないしもらえないかもしれない。そもそもそれが白だったかもわからない」

「うん。なんでもいいや」

今夜、嘆いている野菜たちの声に

「料理ってのは不思議がいっぱいだよね」

「そうかな」

「里芋ってあるじゃん」

「皮むきにくいよねー」

「それ以前に田舎過ぎ。なんだよ里の芋って」

「いいじゃんかよ。山芋だってあるじゃんかよ」

「蓮根なんて神秘的な名前なのにさ、あんなの泥水の中でできてんじゃん」

「まあそうだけども」

「なのに里芋。掘っただけなのに里芋。生まれながらにして田舎者扱い」

「基準がよくわからないや」

「薩摩芋だって立派な字じゃん」

「まあそうだけど」

「石やーきいも、いもいも。とか言ってるくせにさ」

「匙加減だろうそんなもの」

「里芋。ほら。ゲームセットー」

「主観だ。それは」

「大根も不遇だよ。大きな根ってさ、ほぼゴミじゃんか」

「根ではないな」

「なら人参は赤根だ」

「そうかもだけど」

「ていうか人が参って人参って、どんだけ力持ってんだよ」

「いちいち漢字だけにこだわるなよ」

創価か?」

「そういう方向やめろよ」

「根回し抜群か?」

「やめろって」

「で、キャベツだよ」

「なんだよ」

「帰国子女かよって」

「そうでもないんだよ」

「どこからキャベツとか名づけるんだって話だよ」

「レタスだって一緒じゃんかよ」

「あんな栄養素ない野菜はどうでもいいんだよ!」

「失礼だよ! しかし誰に失礼なのかよくわからないよ!」

「南瓜なんかさ、もう字面みるとほぼ虫じゃんか」

「いや、そうでもない」

「ボーダー着てサファリパーク行く感じ?」

「いやね。シマウマがライオンに、みたいにならない」

「それはそうとさ、この頃はおばあちゃん世代も演歌じゃないんだよ」

「何の話だよ」

「六十代だともう演歌なんて聞かないんだよ。だからユーミンのファンクラブ入っていたりする」

「まあそれはあるかも」

「おばあちゃんって呼べる世代がさ、ミスターチルドレン聞いていたりするわけさ」

「いいじゃない」

「チルドレンをグランドマザーが聞いていることをマザーがサンに報告だぜ?」

「何の話だって」

「何世代だよ!」

「知らねえよ」

「なんかさ、一世代増やさないと間に合わなくね?」

「シルバーだけじゃ足りないと?」

「その上のさ、なんだろう、朽ちてきたユーズドシルバー的な」

「悪口な。そういうの悪口って言う」

「先進国では?」

「どこでもだ」

「じゃあブックオフ的なシルバーみたいな」

「うん。ひどくなった」

「煙草がさ、すごいじゃない」

「年配者はね」

「まだまだ3人い1人は吸っているって言うしさ。麻酔なんてもっとでしょう?」

「医療はいいんだよ。紛らわしくなる」

「なんだっけ? ダブル煙草だっけ?」

「不倫だ」

歩き煙草か。よくないなー」

「誤変換が突っ走ってるね」

東京オリンピックで喫煙をどうするか悩んでいるんでしょう?」

「まあそうだよね。これまでの開催では厳格に規制したらしいし」

「石原は吸ってたと思うよ」

「おかしな言い方はするな」

「小池は、あーん。吸ってないかも」

「だから誤解を招くような表現はするな」

「結局築地も汚染されてたんでしょう?」

「まあそうなんだけど」

「そんなもんよ。都心に汚染されていない土壌なんてないのよ」

蓮舫泥だらけかよー」

「蓮根だよー。なんか気持ち悪さだけ残るよー」

糖質制限、はじめました。

まあほら、冷やし中華的な感覚でライトに始めました。

ファッションみたいなものです。

とりあえず米を筆頭に、小麦製品であるパン、うどん、パスタに蕎麦、あとは糖質の高い食材であるジャガイモだとかを摂取しない内容です。春雨とかも厳禁ですね。

まあ、あれです。極めて変態的な、ヴィーガンという完全菜食を四年間やっていた身としては、糖質制限は楽! です。

だって肉も魚も卵も食べて良いんですから!

10日が経ちますが、やはり運動中の目眩や、ふとした時に空腹感を感じたり、極度な疲労、とくに長距離を走っている時に感じましたが、それも薄れてきました。

ヴィーガンの時のような明らかな栄養素の不足、身体が変調を訴えてくることはないです。

ただヴィーガンのような、心と身体が洗われていくような爽快感がないのが気がかりです。大波のようにくる空腹感、これは炭水化物の不足による脳の危機意識による緊急信号? という気もします。

だとすると、糖質制限というのはリバウンドも含め、もしかして危険な所業かもと思う部分もあります。

まあとりあえず、このまま一年くらい続けてみます。


10日現在。

ヴィーガンのような爽快感、クリア感はありません。ひたすら渇望感との戦いです。


ヴィーガンは、肉魚卵乳製品、あらゆる動物性脂肪を取らない食生活です。


トピック「宗教」


食について主義主張はありますが、その多くは宗教と同じだなって、思いませんか?

放射能を避ける。化学調味料を嫌う。野菜中心、糖質制限、菜食主義、添加物制限、有機栽培に遺伝子組み換え、ありとあらゆる主張がありまして、まあハルキ的には、あるかもしれないしないかもしれない、ブルージーンにスニーカーなわけです。


では新しい水曜日を。



第一回 悩み相談室

 あのさ、このブログって悩み事についてのメールがたくさん届くわけよ。実は。
 なんでかね。なんにもないのにね。なんにもないなんにもない。ここにはなんにもない。だって俺は空っぽなんだから。そんなことを昨日猫に言われたよって。
 今日はひどい雨だ。
 馬鹿みたいな風の後に雨だ。風と共に去りぬって話があったけど、あの映画には雨は降らなかった。何故か。余計だからだよ。

 現実はさ、余計なものが好きなんだよ。きっと。

 悩みって無数にあるんだってこの頃思うんだよ。いやね、ずっと前から分かっていたことだけど、絶対数として悩みを無数に提示されるとさ、実感できるんだよな。それってゴミ収集車がゴミを吐き出す様子とか、次々に死んでいく患者を診る医者だとか、そういうさ、眼前できちんと認識すること、現実をね、突きつけられて視覚として認識しなきゃならない状況? そこで痛感するんだよ。俺もさ、どんだけ世界は絶望で満ちているんだって。

 せっかくだから紹介するよ。先ほど本人とも連絡が取れたんでね、許可されたうえでの公開だ。

 茨城県の「ここはお風呂の別天地」さんから頂いたメールですって。お風呂の別天地って、なんだよいい響きだなって調べたら、なるほどね、わけのわかんない温泉施設のテーマ曲かよって。

『わたしは仕事を辞めようと思います。どうしてこれほど身を粉にして働くのか。意地の悪い先輩に幾度涙を流して、時に怒鳴ってその数倍虐げられたか、そもそも深夜まで動物のように働いているのか』

 おいおい、そこは動物に失礼だ。

『仕事だけが一日の中心にあって、平日は眠るだけ、日曜日は月曜日の憂鬱だけを抱えて生きていると、結局わたしの中には仕事という生きるための手段であり必然、それしかないと思いました。じゃあ辞めるとなると、逃げている気がして、辞めてもいい理由を探してばかりいます。辞めない理由は簡単に見つかるのに、自分に勝つだとか、逃げなければ道は開けるだとか、根拠のないことばかり、でも辞める、辞めていい理由ってそうそう見つからないんです』

 わかる。それって回転寿司の法則と同じだ。回っていないからって注文したイクラがさ、注文皿で回ってくるんだけど、その後ろに握りたてのイクラが何皿もついてくるみたいなさ。

 違うか。

 違うよな。あれだよ。ウインナーの枕があればいいって思うじゃない。あの皮は低反発な枕の表面にぴったりだし、中身のジューシーさ、枕っぽいじゃんか。

 違うか。

 でも俺はさ、思うんだよ。逃げるって悪くないんじゃないって。理由なんていらないんじゃないって。まあ少なくともさ、考えなくていいんだって。危機なんだよ危機。動物がさ、襲われるときに危険だって、そして逃げる理由考えますかって、考える? 考えないって。

 それにしてもね、俺は学生時代終わるくらいまでウインナーって駄目だったの。
 え?
 ほら、言いにくいんだけど、あれに似てるじゃんか。性器だよ。言わせんなよ阿保が。安保じゃねえよ。

 ウインナーみたいだっただろう? 小学生くらいの頃って。可愛いことなんだけどさ、それを食べるってなると、なんていうのか自分自身をかじるみたいで、え? おかしい?
 だからタラコもだめでさ、明太子はいいんだよ。タラコは色彩がリアルなんだって。
 もちろん牛の乳しぼりなんか鳥肌が立ったね。冗談じゃねえよ。痛みしか感じねえよって。
 だからウインナーの枕? ふざけんじゃねえよって。

 何の話だっけ。
 そうそう、小学校の先生が言ってたんだよ。本当の悲しみや苦しみや、喜びなんて、簡単にはわからないぞって。
 どんな話だったかな、忘れたなあ。塚本先生お元気ですか? まああの、いやあね、俺はこんなんです、なんて。塚本先生は子犬を飼っていて、恐ろしく優しい、って、恐ろしくって表現おかしいか、なんていうんだろうか、日本という国を愛し、子供を愛し、学校を愛する教師でさ、戦争に行って帰ってこないけど、せんせーい。
 おげんきですかー。俺は、げんきっちゃーげんきでーす。お国、ばんざーいってね。
 沖縄取り戻せーとかね。おいおい他人事かよ! 先生のげんこつ確かに見えました。

 だからさ、根源的な感覚ってずばり追い込まれて、どばどばと見せつけられないとわかんないんだよ。ほら、血みたいにさ、どばどば出ると初めてこえーってなるじゃん。怖いのは取り返しつかなくなってからなんだよ。
 仕事なんて重要じゃないんだって。とても大事で、同時に大事じゃないんだよ。
 だって君がさ、君こそが大事なんだからさって、へへ、少し格好いいこと言ってしまったぞ。
 
 言ってしまったぞ。
 今夜の俺は、たいそう格好いいじゃんか。そういうものじゃないのか、世界は。
 誰だってヒーローなんだよ。
 子供のころのように、君も俺も、ヒーローだ。

 以上、まだまだメールお待ちしてますよ。
 勝手に紹介しちゃうけど。
 勝手に回答しちゃうけど、なんてね。

 

 

今週のお題「何して遊んだ?」

魚たちのバレンタインデー

  学校中が生臭かった。

  バレンタインデーは、つまるところこの臭いだった。

  わたしの町の話だ。

  もう二十年前にもなるのか。あの町は。

  いいか?  同じことわ言わんよ。

  国語教師は独特なイントネーションがあった。よしんばそれが正解だとしても。あるいはおたくが正しいとしても。そんな調子だ。

  秋刀魚はひっそりと、ランドセルの奥にあった。

  青い、分厚いビニール袋の中に、前夜に母にすがって何度も確認した丈夫な袋の中に。

  いいかあ?  禁止ってことわだ、見つけたら取り上げるってことだあ。

  クラスで一番可愛いその子に、いつも視線が集まった。どのタイミングで、あなたは動くのか。

  残飯を漁る、醜い生き物のような気がした。

  思春期のわたしは、とても卑屈だったのだ。

  秋刀魚が青い光を発して、女から男へと渡される。

  あちこちで見られる光景だった。生々しく、光る青とぬめりのある肌、ピンクに発色した腕があちこちに。

  祖母の遺影に線香をあげて、そんなことを思い出した。

  わたしの秋刀魚は誰にも渡らずに、ランドセルの奥で腐ったように静かだった。

  月の光を浴びて、そのまま朽ちてしまえと、わたしは怒りを露わにしたまま放置したのだ。

  祖母も放置された。

  見放された中での死だった。

  少しだけ投げやりに、久しぶりだねおばあちゃんと、わたしだってたまには泣きたいんだよ。

  そう舌打ちするのだ。


お題「バレンタイン、初めて渡した日、貰った日」

サッカーヨーロッパ日本人動向


「清武が帰ってくることになったよね」

「残念だよな~ 小樽から札幌。そして東京へとステップアップしたのにさ」

「そうだっけ」

「まあできちゃったらごめんなさいだ。避妊できなきゃ否認も」

「北からの風吹いちゃってる。余計な風」

「だよな。せめて山口蛍からの話題なら無理ないのにね」

「どうしても日本人はスペインでうまくいかないよね。比較的うまくいった中村俊輔ですら、失敗だったかのように言われることあるし」

「乾だけかあ。一説によると、彼はバスク地方だからうまくいっている点もあるらしいよ」

「風呂かあ~!」

「うん。バスクリン関係ないんだ。バスク地方ってスペインにあらずって感じでさ」

「スペインなのにスペインでない? それって日本でいう択捉島的な?」

「極端に政治的なの持ってくんな。そんなんじゃなくてさ、スペイン人ってのはもともと言語に対して外国人に厳しいんだってさ」

「てのは? レミパンであえて卵焼き作るみたいな?」

「わかんないや。樹里さんとか苦労しているのかもだけど、わかんないや」

「わかれよ。そこわかれ。レミパンで卵焼きないから。肉豆腐とか肉じゃがとか、深いフライパンだぞこの馬鹿」

「落ち着け。とにかく落ち着け。清武吹き飛んでる」

「なにがスペインで活躍で来ている秘訣なんだって? 求心?」

「求心もいいな。心臓大事だ」

「なんだって。任天堂がらみ? もしやトヨタ?」

「うーん。どう答えていいかわからないくらい分散されてる」

「あれか! もう漁師が履きこなしたジーンズをユーズドで高く売るという四国の」

「細かくなるな。サッカー離れてさらに細かくなるな。誰もわからない話題だ」

「おまえは何を心敗しているんだよ。白菜の高値かよ」

「海外組の危機なんだよ。本田の凋落。香川の不振。吉田や原口に大迫はまだ活躍しているけど」

「以前の日本人、中田と俊輔時代からもしかすると後退しているかもだね」

「それが怖い。本田はもう夏に移籍したところで奇跡の復活はないかもだし、香川はもしかすると超早熟な選手だったかもってくらい別人のようなんだ」

「本田がだめならマツダがいるだろう」

「車じゃないんだ。もっと複雑なんだ」

「香川だってな。うどんだ。太く短くなんだ」

「蕎麦とかうどんの比較はいらないぞおまえ」

ヘルシンキの田中選手やルーマニアの瀬戸選手とか、ほら、メンタルの強い選手も

「けど大舞台での限界値ってあるんだよ。スポーツやっているならわかるけど、本番でも出る力の総量って、案外上限があってな」

「送料は上限というよりいくら以上無料というさ」

楽天とかいいや」

「そんな中期待できる日本人はどうなのさ」

「難しいよな。次のワールドカップでってなるとさ」

「じゃああきらめろ」

「言わせろよ。流れとして言わせろよ」

「じゃあ今からスーパーセール。ポイント最大50倍」

「胡散臭い。まああれだ。柴崎選手のような、一か八かの選手も応援したいんだけど、やっぱああいうケースは大半失敗するんだよね。申し訳ないけど」

「FXで成功したとしても?」

「それは成功なんだろうけどさ」

「不動産が今年安値に推移するって話に乗っかって」

「それも成功だ。投資だ」

昨日みた夢を、君は知らない。

 半年が過ぎていた。

 この半年の間、わたしは書くことがいつも通りにあって、だからこそひとつも文字にできなかった。同じだけの容量と質量をもって過ぎていく時間に辟易し、失望を覚えていたのかもしれないし、肉まんの中心部の熱さにひどく恐怖を覚えていたのかもしれない。

 毛布の上に羽毛布団だと思い込んでいた世界が、実は羽毛布団の上に毛布だった、みたいな不確かさ。

 それはつまり、小学生なのにべっこうの眼鏡をしていることの良し悪し、ファッション性や金銭感覚、もしくは地球環境的ななにかに対する配慮のようなもの、そういうことを含めてありなのか、磯貝という苗字なのに山育ちだった友人の理不尽さや、よくあることだが新妻という名前の生涯独身な彼。

 

 なにやらわたしの立つ地盤が妙に揺らいでいるように感じたのだ。

 小籠包という食べ物は何のためにあるのか。もんじゃ焼きもだ。猫を絶滅させるためか。でなければなんなのだと、ドリアという鉄の器で運ばれてくる凶器はなんなのだと。やはり猫だけを殲滅したいのかと、わたしは泣いていたのだ。

 

 この頃強く疑問に思うことがある。

 わたしの姉が、「ここのウニを食べたら東京なんかじゃウニを食べれなくなるからよって出されてね、それ以来ミョウバンの臭いのするウニはダメで~」って嘆いていたのだ。

 まるで理解ができない。

「他じゃ食べられないくらいおいしい」と出されたら、わたしなら当然「では結構です」だ。

 いい迷惑ではないか。

 なぜその店でしか食べられなくなるような、そんな薬物のような食べ物を、高いお金を払って食べるのか、まるでわからないのだ。アスカだ。ライオネスじゃないほうのアスカだ。

 お茶か? お茶だ。

 おっさんの言う、「味のする水じゃないとな~」というビールみたいなものか。

 

 そんなことはどうでもいい。ウニだ。特別なおいしいウニだ。

 ほどほどにおいしいものを、どこででも食べられれば十分ではないか。なぜ特上を指向するのか、意味がわからないのだ。

 同僚の年配のおばちゃんもそんな類だ。

「〇〇のパンがおいしいっていうから取り寄せたのに◎◎のパンに比べたらさ、食べられたもんじゃないよ。全然おいしくないもの」

 という。

 どちらも高級なパンで、それこそわけがわからないと思うのだ。ほんとうはどちらもおいしいのだけれど、その序列をはっきりさせるため、もしくはわたしって味の違いが判るのって、その主張のために一方をこき下ろしているようにしか思えないのだ。

 

 なんともつまらないことだと感じてしまう。

 鬼ヶ島に行ったけど温泉卵だけ食べてきたみたいな。

 オーストラリアに行くはずが近所でグレートババアが岐阜的な催しを見てくるような。グレートババアがビーフ焼いちゃったみたいな。

 なんだろうか。

 自ら選択肢を狭めてしまうような生き方、選択の仕方というのが、理解できないのだ。

 心の中にある、ひっそりとある大切なもの。

 例えばわたしのみた夢を、君は知らない。

 知らなくていいのだ。だってわたしだけがみた、ひとつだけの大事な夢なのだから。